2012/05/11

それでも子どもへの影響は「問題ない」?---郡山の学校のホットスポット

今年の4月9日に、こんなニュースが流れました。

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原発事故の影響で、福島県内の一部の学校では、校庭など屋外での活動時間を制限していますが、郡山市は、去年5月から3時間に限定していた屋外活動の制限について、除染が進んだとして9日、解除しました。

福島県内の一部の学校では、原発事故のあと、子どもたちへの放射線の影響を心配して、校庭など屋外での活動を取りやめたり、制限したりしていました。
このうち郡山市の公立の小中学校では、去年5月から体育など屋外での活動を1日3時間までに制限していましたが、校庭の土を取り除くなど除染を進めた結果、子どもへの影響は問題ないとして、9日から屋外活動の制限を解除しました。
このうち郡山市大槻町にある大槻小学校でも、早速、休み時間に子どもたちが元気に校庭で遊んでいました。
この学校でも、これまで運動会を市の屋内施設や体育館で行っていたほか、休み時間と体育の授業なども合わせて3時間に制限してきました。
制限の解除について大槻小学校の高橋裕昭教頭は「時間を気にせずに外で遊べるのは、子どもたちにとって大変いいことだと思います。子どもの元気な笑顔を見ることができて、とてもうれしいです」と話していました。

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(NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120409/k10014313361000.html)
※NHKのニュースのページはすでに消されてしまっています。


私はこの時、この、まるで喜ばしいことのように報じられたニュースに、

「本当によいんだろうか・・・?子どもへの影響は問題ないって、本当にみんなそう思っているの・・・?」

と、すごく疑問に感じていました。


ところが、実は郡山市の教育委員会は、今年1月23日から、市内の小中学校内で「ホットスポット」の測定を行っていたが、測定の事実と測定値を公開していなかった、ということが、5月6日に報じられました。
この事実は、一市民の方が情報開示請求を行ったことで、初めて明るみになったそうです。

そのちょっと前の4月下旬に、郡山市は急きょ、校内のホットスポットを除染することを発表したそうです。
除染はGW明けから開始するが、運動会には間に合わない、とのこと。
東洋経済オンライン


このホットスポットの測定値については、「ふくしま集団疎開裁判」のブログの記事に詳しく載っていますが、

9.999μSv/h以上になり計測不能、という箇所が、市内で5か所あったということです!
3μSv/h以上の箇所は・・・いっぱい!

『除染を進めた結果、子どもへの影響は問題ない』・・・って理由で、制限解除したのでは?

別の記事(KFB福島放送)では、「制限時間解除は、他の市町村に先駆けて学校校庭の表土除去を進め、空間放射線量は平均で毎時0.2マイクロシーベルトに低下したことなどを受けての措置。」と書いてありますが、0.5μSv/h以上のところだって、ざらにあるし!

・・・全然、除染できていない、のでは?
そして、さらに問題なのは、市はそれを知っていて、それなのに、問題ないとして、制限を解除した、ということ・・・


この問題が、なぜ「ふくしま集団疎開裁判」のブログで取り上げられているかというと、ブログ中にも説明がありますが、

この裁判は、郡山市の児童と保護者が、市に対し、子ども達を(被ばくで健康を害する心配のない)安全な場所で教育を受けさせるよう、申し立てをしたものです。
ところが、残念なことに、昨年12月の判決で却下されてしまいました。
その却下の理由の一つが、
「校庭の表土除去や、児童生徒の屋外活動の制限など、市は、子ども達が学校生活で受ける放射線量の低減化に向けた措置をとっており、それが一定の効果を上げている」
―――だから、子ども達を避難・疎開させる必要はない。

という理由だったのです。

ところが、屋外活動の制限は解除されてしまい、放射線量の低減化は効果が薄い中で、今なお子ども達は被ばくの危険性がある中で教育を受けている、ということが、今回のホットスポット問題で明らかになった、と言えるのではないでしょうか。
郡山市は、自らの主張に反することをしていたのです。


これからこの裁判は、高裁で争われることになっていますが、この事実が証拠として提出されれば、一審で「疎開は必要ない」と判断された理由が覆ることになります。

これまでも、原告側(疎開を求める児童と保護者)は、放射線の専門家の意見書や、親たちのたくさんの陳述書、独自の汚染マップなど、たくさんの証拠を提出し、子ども達の避難・疎開を主張してきました。
それは、決して、子ども達の被ばくを心配することが、『神経過敏』や『煽っている』わけではなく、子ども達の安全を確保するために行政としてやるべきことがあることを裏付けるものだと、私は思います。
裁判所には、せめて、「このような環境は子どもの教育にふさわしくない」と、私は認めてほしかった。
でも、一審では、却下されてしまいました。

私は、三郷で放射能汚染に会い、子ども達を被ばくから守るためにどうしたらよいのか、短い間でしたが、色々考えてきました。特に、本来なら子どもが健全に育つためにある『教育の場』が、放射能に対してはまったく意識を持たない(あえて意識から追い出そうとしている)ことに、本当に愕然としました。
「校内の放射線量を測ってほしい」ということすら、実現してもらうまでに、市議会に請願を出したり、市に要望書を出したり(専門家を呼んで調査したり、記者会見したり!)しなければなりませんでした。

自分の子なのに、ひとたび学校に行ってしまったら、被ばくをさせないようにすることができない・・・
それは本当に親として苦しいことでした。
どうして学校に行かせなければならないのか?何のために行かせるのか?
子どもが元気に健康に育つために、教育というのはあるのでしょう!
それがどうして、子ども達に無防備に被ばくをさせる場所になっているのか?
そんなのって、おかしい!

そんなふうに考える中で、私は「子ども達を安全な場所で教育させることを求める」という疎開裁判に興味を持ち、行方を見守ってきました。
この裁判が認められれば、郡山、そして福島県内のみならず、三郷でも、全国でも、子どもを被ばくさせないという当たり前のことが、もっと堂々と(社会的に)認められるようになるのでは、という思いがありました。
「安全な場所で教育を受ける」--- ごく当たり前の言葉ですよね?
でも、これが一審では認められなかったのです。


連休前に娘が小学校から持ち帰ったお手紙に、「連休中はぜひ家庭で自然体験を」、という内容の文章がありました。

そのままの転載は控えますが、かいつまんで説明すると、

学校教育について定めた法律「学校教育法」には、義務教育の達成目標として、10の項目がある。
その2番目に、
「学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと」
とあり、自然体験の重要性が、最重要項目に続き2番目に上げられている。
原発事故以来、自然についてかつてないほど関心が高まっており、高度な科学技術社会の中でこれから生きて行く子ども達にとって、自然について考えさせることはたいへん大きな意味があるのではないか・・・

というような文章を踏まえ、連休中はぜひ、家庭で自然と触れ合う機会を、、、という内容でした。

原発事故のことが(一瞬であれ)書かれていたため、興味を持って読みました。
私自身は、この内容を大変考えさせられました。


屋外で過ごし、自然と触れ合うことが、子どもの教育にとっていかに大切か。
国の法律で、定められているのですね。
だから、遠足や林間学校や虫取りや農業体験…いろんな行事がある。
でも、自然が豊富なそういう場所ほど・・・被ばくの危険があるのです。

私はこの春に香川に来てから、子ども達とよく公園にでかけます。
息子は、昨年1年で、1歳から2歳になりました。
歩き始めて体を動かし始める時期・・・その1年に、ほとんど外で遊ばせられませんでした。
こちらに来てすぐは、公園に行ってもぼんやりしていたのに、すぐにみるみる活発に動くようになりました。
この1か月半ほどで、体を動かすことがすごく成長したのはもちろんですが、言葉や理解力、表現などの内面の成長もすごく大きいと感じます。
自分でやろう、という意欲もすごく湧いてきました。
(それがまたタイヘンなんだけど・・・)
外の世界、特に自然の中で過ごすことは、それだけで五感を刺激し、子どもを生き生きとさせ、子どもなりの自尊心とか自立心すら養っているように感じました。
風の音を聞いたり、虫を見つけたり、花を摘んだり、土を触ったり・・・そういう他愛ないことが、子どもの心をわくわくさせるんだと思います。
私は教育の専門家ではないけど、親としての直感で、自然との触れ合いが子どもの育ちにとってすごく大切なことを実感しました。

だから、その手紙の文章を見て、すごく納得したのです。

そして、すごく考えてしまいました。

子どもは、外の世界で自然と触れ合いながら、自らを成長させていく、当然の権利があるのではないか、と思ったのです。
それがどうして、(原発事故がなければあり得なかった)被ばくと引き換えでなければならないのか?
そもそも、子どもの健全な成長にとって大切なことを経験するために、健康を害するリスクを負う、ということ自体が、おかしいと思えてなりません。
子ども達がそういう環境の中で育つ(育たなければならない)ということそのものが、実はとっても大問題なのではないか?と思ってしまいます。
そのことを、日本の政治はまったく扱おうとしないし(自らの法律で決めていることなのに)、裁判所ですら「問題ない」と判断したことが、本当に信じられない思いです。

(そして、日本の広い範囲が、原発事故によってそのような環境になってしまったことが、いかに大問題か・・・
考えると改めて怖くなってしまいます。)

被ばくを避けるために、屋外活動を制限するのは、やむを得ないと思います。
でもそれは、あくまで緊急措置であって、「子どもの健全な成長」という面でトータルに考えた時に、それはやっぱり根本的な解決策ではないように思えます。
活動を制限することは、一時的な対策としては必要だと思います。
でもやっぱり、子ども達は、被ばくの心配のない場所で、のびのびと過ごすことが、本当に大切なのです!
今の環境が、すぐに汚染が取り除けるメドが立たないなら、子ども達を汚染の心配のない場所に連れて行き、本来のあるべき教育を受けさせる。
放射能汚染がそう簡単になくならないだろうことを考えると、やはりこういう方法を行政として考えていかなければならないのでは、と感じます。

この「疎開裁判」が、次の高裁ではぜひとも認められてほしいと思います。


【ふくしま集団疎開裁判】ブログ
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/

【世界市民法廷】みなさんがぜひ「疎開裁判」の判決をしてください!(まだまだ募集中)
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html

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2012/04/27

香川の小麦はうどんだけじゃなかった

香川県に来て、1か月が過ぎました。

娘の学校も始まって、授業参観や懇談会、家庭訪問も終わって、少しずつ本来の生活が回り始めています。

最近では、私は息子を自転車に乗せて、町を探索しながら、買い物をしたり、公園で遊んだり・・・
毎日のように走り回っていますbicycledash

(だって、息子に『今日、自転車、乗る?』と毎日聞かれるんです。そうなるともう、断れない(笑))

Photo


先日は、香川県産の小麦粉「さぬきの夢2000」の石臼挽き粉、というのを使って、ロールパンを焼きました。

香川、と言えば、うどん。

ですが、香川県産の小麦粉は、うどんだけじゃなくパンにも使われるんですね。

先月の娘の学校給食のお手紙に、

給食の「全粒粉パン」は、香川オリジナルの小麦「さぬきの夢2000」を表皮ごと粉にした全粒粉を30%入れたパンです。

と書いてありました。

それを見て、興味が湧いてネットで調べてみたら、全粒粉の他に、パン生地に使えそうな石臼挽き粉や、お菓子作りに使えそうな粉もあると知り、買ってみました。(吉原食糧さん)
小麦粉って、奥が深いんだなー。

今回使った『石臼挽き粉』というのは、通常の挽き方(ロール挽きというらしい)に比べ、ミネラルや繊維質が多く、小麦のよい風味が特徴とのこと。

生地は、北海道産強力粉と「さぬきの夢2000」石臼挽き粉を、半々ずつブレンドしました。
練りまではホームベーカリーにお任せで。
生地を8等分にし、軽くマヨネーズで和えたコーンを包んで、丸めて、発酵させたら、オーブンで焼く・・・
細かいことは、こだわらず!

2歳の息子と、焼き立てのふっかふか!をランチに食べました。

焼き上がった感じは、ふんわりもっちり!
そして、ほんのりと甘みがあって。
生地が少し茶色いのも、素朴な雰囲気。
パンって、ちょっとお腹にたまらないイメージがありますが、これは食べごたえがあって、満足感が味わえました。
そして何と言っても、2歳の息子がペロッと3コ食べました!

あー、おいしかった~!

(ちなみに、翌日残った2コを、息子がいつのまにか袋から出して食べていましたcoldsweats01


また、「さぬきの夢2000」の全粒粉は、強力粉200gに対し全粒粉80gをプラスして、食パンを焼いてみました。
普通の食パンコースで焼きました。
休日の昼に、サンドイッチを作って子ども達と食べましたが、こちらも大好評♪
(あまりにくいつきがよくて、写真撮る間もなく・・・)

小麦の甘みと歯ごたえが味わえ、とってもおいしいパンになりました。

安心していっぱい食べさせられるのも、なんかうれしい。


こっちに来てから、「おいしいね」と言うことが多くなった気がします。
食材が豊富なので、食事を作ることも、あまり苦じゃありません。

おいしいものを食べられるのは幸せですが、食べ物をおいしいと思えるのも、また幸せなことなんだ。と、改めて思います。

三郷や東京にいた時は、食べ物をおいしいと思う余裕がなかったんだな、と思います。
できるだけ放射能汚染されていないものを、子ども達に食べさせたい、と思っていました。
スーパーに買い物に行って、何を買っていいか悩む毎日。
「何が食べたいか」より「何なら食べさせてOKか」ばかりを考える毎日。
食事は、むしろ苦しかった。。。

今は、旬の新鮮な食材が、普通に買えます。
高価なものじゃありません。ごく普通の。
それが、それがすごく、幸せなことに感じます。

私は、幸せと言うのは、どこか遠くにあって手に入れるものではなく、身近に当たり前にあるものの素晴らしさに気づけることなんだ、と、思っていました。
だから、自分が幸せになるには、それに気づく感性を磨くことだ、と思って来ました。
すごく豪勢な暮らしがしたいわけじゃない。
ただ、大切な家族が元気で幸せで、太陽を浴び、深呼吸をし、きれいな花や緑があり、自然の恵みを味わい、その素晴らしさに感動しながら、自分が自分らしく生きていきたい、と願っていました。
・・・私はそれを、人として当然の願いだと、思っていました。

でも今、どんなに豊かな感性を持ち、幸せの本質を知っている人であっても、その当然の願いが叶えられない現実がある。
空気を吸うこと。作物を育てること。花をつむこと。土をいじること。物を食べること。
人々を豊かに育むはずの物事が、人々を脅かすことになってしまった。
そういう場所が、この日本に確かにあるのです。
今この時も。

原発事故とは、そういうものだと思います。
人間は、原発事故を超えられない。
だから原発事故は、もう2度と起こしてはいけない。

おいしい食事を幸せに思う時、私は同時にそんなことを考えます。

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2012/03/28

さようなら三郷。さようなら関東。

最後の更新が、昨年の7月。

それから、ずっとずっとブログから離れていました。

その間、何をしていたかというと。。。

これまで書いてきたとおり、原発事故の放射能について色々と調べながら、ネットを通じて知り合った人達と情報交換をしたり、一緒に市や議会に話をしにいったりして、その流れで、「放射能から子ども達を守ろう みさと(SCR Misato)」というグループを作りました。
グループとなってからは、三郷市や埼玉県へ要望書を出したり、講演会や交流会を行ったり、三郷の汚染状況について独自の調査を行いました。
福島の子ども達を避難させようと活動している団体や、「ふくしま集団疎開裁判」の支援グループや、近隣で同じように活動する親たちの団体とも交流しました。

色んなことを私なりに勉強し、色んなことをいっぱい考えました。

驚いたり、絶望したり、救われたり、腹が立ったり、イヤになったり、奮い立たされたり、がっかりしたり、信じられなかったり・・・色んな気持ちをいっぱい味わいました。


そして。

私達家族は、三郷から離れることを決めました。

私の妹が東京都稲城市に住んでいるので、2学期始めから、娘を稲城市の学校に転校させました。
妹の協力をもらって(Thanks!)、娘をしばらくの間居候させてもらって学校に通わせ、その間で学区内に部屋を探し、家族で一時的に避難生活を送りました。

最初は漠然としかわからなかった三郷の汚染状況が、自分たちや他の団体の調査で、だんだんと数値となってわかってきて、私は2学期から子どもを学校に通わせるのが本当に心配で苦痛でした。
学校が始まれば、また体育や陸上大会、外遊び、課外授業、給食、水筒・・・いろんな問題が始まる。
みんな、今までと同じように、当たり前のように、子ども達を学校に通わせ、外へ連れ出す。
でもその世界は、今までとはまるで違う・・・そこらじゅうに、放射性物質がある世界。
それは、私達が、今まで経験したことがないような被ばくをする、という、世界。
この状況について、将来の(特に子ども達の)健康に関する安全の保障は、まったくない、ということが、私にはわかりました。
特に、三郷は・・・

東京でもまったくよいとは思っていなかったけど、三郷より稲城は明らかに線量が低いし、給食や水筒持参に対する学校の対応も柔軟だと聞いていたので、とりあえず東京に避難して、その後の行き先をじっくり検討しよう、というつもりでした。

稲城で半年ほど過ごして、震災や原発事故から1年が経ち、今年度が終わって、春休み。

今、私は、香川県にいます!

先週末に引っ越しをして、今は片づけと色んな手続きに追われています~(汗)。


昨年の春以来、連休のたびに、関東と関西方面を往復しました。
西神、西宮、宝塚、明石、岡山、倉敷、高松。。。色々見て回って、香川に移住することに決めました。
(その理由は、またの機会に・・・)

今後のライフプランについても、変更せざるを得ませんでした。
具体的に言うと、夫(ナオ)は転職を決意しました。
それはもちろん、私達夫婦にとって、とても大きな決断でした。

いろんな逡巡がありました。

でも・・・それでも、それが最善の道だと思ったから、そういう選択をしました。そのくらい、私達は、これから原発事故の放射能がもたらすだろう物事について、恐れています。
もちろん、私達は専門家じゃないし、専門家ですら断言できない未来について、私達にわかるはずはない。
でも、それでも、色んなことを知れば知るほど、今日本で、特に福島でなされていることについて、本当に私は恐ろしく思います。

この国の政治は、放射能の被害について、決して責任を取りはしない。
でも、きっと、知っている。
この先、どんなことが起こるか。
知っていて、決して認めようとしない。
たぶん、どうやっても責任なんて取れっこないと、自覚しているんだろうと思う。
ひとたび原発が事故を起こしたら、人の力ではどうしようもない、ってことを。
(あるいは、自分はその頃政治家引退してるからって、興味ないのかな?今のことだけで頭がいっぱいで・・・)
私は、「(放射能は)問題ない」とか、「がんばろう日本」とか、「復興」とか聞くたび、「もうあきらめろ」って言われているような気がします。
「どうせここにいる限り、お前たちは被ばくしていくしかないんだよ。」って。
(そうして、刻一刻と、健康を害する確率が高まっていくのを、ただ待つしかないんだ、って。)
自分はともかく、未来のある子ども達に対して、それは尊厳を傷つけるようなひどいことだと、私は感じます。
そんな中で、そのまま黙って暮らしていくことそのものが、絶望的に思えて・・・

それで、せめて、とにかく今汚染のない場所へ移り住みたいと思いました。
それでも、万全とは言えないのが、悲しいけど。
でも、せめて子ども達に、外で普通に過ごす環境を取り戻してあげたかったし、自分が今できる精一杯をしておきたいと思いました。
それに、私は子どもをこれ以上被ばくさせたくない!という、無名の一庶民の強い意思表示として。

しばらくは、私は子ども2人と、香川で3人暮らしです。
ナオは、退職のための仕事の引き継ぎとか、自宅の処分とか、荷物の整理とか、、、のため、しばらく三郷の自宅で逆単身赴任です。

そんなわけで、Chiekovskyは、しばらく再開できそうにありません。
ごめんなさい。

稲城にいる間、用事があってたびたび三郷の自宅に戻りましたが、家具がなくなってガランとしたリビングや、機材が置かれたままのスタジオ部屋を見るたびに、言いようもなく悲しく、寂しい気持ちになりました。
私達なりに、ちょっとずつ、積み重ねてきたもの・・・
ささやかだけど、私達にとっては、温かく豊かな時間をくれる、大切な夢、希望だった。。。

音楽は、何があってもずっと続けていきたい、と思っていました。
でも、ひとつだけ、決めていたことがありました。

もし万が一、子どもが大きな病気をしたり、いじめや登校拒否や、何か大きな壁にぶち当たって、親がそばにいることが必要になった時は、その時は音楽をやめても子どもを大切にしよう、と決めていました。

そして、原発事故が起きて、放射能の被害が我が子にも及ぶかもしれない、とわかった時、私は、今がその時なんだ、と思いました。
ただ、子どもがつらい思いをするのが、今すぐではない、というだけで。
そういう思いで、この1年、過ごしてきました。
この1年私が全力でやってきたこと、そして、今までの暮らしを手放して香川まで来たことが、子どもの将来を守るためにどれだけ役立ったか、今はわからないけど、悔いはない。

そして、Chiekovskyも、まだあきらめてはいません。

時間はかかるかもしれないけど、いつかは活動再開したいと思っています。

そんな思いで、これからもブログは続けていくつもりです。
(相変わらずの気まぐれペースになると思いますが・・・)


それから、ちょっと前からツイッター始めました!
パソコン開くのはなかなか時間がなくて難しいけど、スマホでちょこっとつぶやくくらいなら・・・
ってペースでやってまーす。


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2011/07/21

この4ヶ月、子ども達のために何がされたか

娘の小学校は、今日から夏休みです。
3月に福島原発事故が起こってから、新学期が始まり、春が終わって夏になり、1学期が昨日で終わりました。

その間、学校での被ばく環境は、どれだけ改善されたでしょうか。
…というか、少しでも改善したと言えるでしょうか???

1学期の間、子ども達は、例年と同じように、遠足に行きました。
線量が高いと言われている芝生や草むらを歩き回り、事故以来の降下物が溜まっていると思われる池に、アスレチックで落ちました。
(幸い我が子は落ちてません。でも、だからいいとは思えません)
5月下旬には、例年と同じように、運動会がありました。
娘の通う学校も含めて、周りの学校では、風が強く砂ぼこりの舞う中、子ども達に運動をさせ、素足で組体操をさせたりしていました。
田植えやプール掃除、校内の草むしり、野菜の苗植えなども、通常通りに行われました。
6月中旬からは、例年と同じように、プールが始まりました。
さすがに、三郷市でもプールの水質検査を始めたことは評価しますが、プールサイドは本当に安全なのでしょうか?
(私は何度も市の教育委員会に、プールサイドの線量を測ってほしい、とお願いしました。要望として伝えます、と言われましたが、結局実施されていません。)

給食の食材は本当に安全なのでしょうか?
汚染牛の流通が次々と発覚したこの数日。
規制値を超えた牛肉が、山形の3保育園の給食に使用されていたと、今日の新聞にありました。
(今のところ健康被害は報告されていない、とありましたが…このコメントに何の意味があるのか?)

4月中旬ごろからブログのコメントをきっかけに集まってくださった人たちは、それぞれに行動し、そして団結し、「放射能から子ども達を守ろう みさと (SCR Misato)」 という団体になりました。
6月19日には、神戸大学の山内教授にご協力いただき、市内の汚染調査を行いました。
7月5日には、三郷市に対し緊急要望書を提出しました。
幸いなことに、メディアでも取り上げられました。

しかしながら、市はいまだに要望書の回答日のメドすら立っていない、と言っています。
色んな人が、今まで個別に市に訴えてきたことを、まとめて要望書にしたのです。
今その回答にこれだけ時間がかかるってことは、それらに対して、何も考えてこなかった、ってことでしょうか?

事故が起きてから4か月です。
その間、子ども達の過ごす環境は、何も改善されなかった。
子ども達を被曝から守る対策が、何一つ行われなかった。
私は相変わらず、不安な思いで娘を学校に送り出します。
1歳半の息子を0.3~0.4μSv/hの公園に連れて行くことができずにいます。
放射性物質は、確かにそこかしこにあるのに、「問題ない量だから」「健康に影響あるとは言えないから」という理由で、何も対策を取ろうとしない、行政。
保護者が除染をさせてくれ、と言っても、「それはできない」って答える、学校。

どうして???どうして子ども達を守ろうとしないの???

結局、そんな状態でずるずると4か月が過ぎてしまいました。

そのことが、私は無念で、悔しくて、ならないです。

毎日、変わらずに日々が過ぎ、子ども達は変わらずに成長しています。
でも、それがいつまで続くのか?
本当に10年後も20年後も、私は子ども達が健やかに幸せに成長する姿を、普通に見られるのか?
そう考えると、たまらなく真っ黒い不安に押しつぶされそうになるのです。
311以前の暮らしを、私は失ってしまった。
普通に空気を吸い、子ども達と外へ出かけ、近くでとれた新鮮な野菜で食事を作る。
当たり前にあった暮らしが、突然変わってしまった。
ただ見た目がわからないだけで。

そのことに、私は愕然としてしまいます。

最初は、ただ何もわからなくて、自分たちの周りで何が起こっているのか知りたくて、調べ始めました。
今回の事故に対する東電や国、自治体の対応があまりにも不可解でした。
安易に被ばくの基準を引き上げていく国のやり方に、「え、国民を一層被ばくさせようとしているの?被ばくから守るんじゃないの?」と、たまらなく不思議でした。
でも、原発というものが、「経済や産業の発展のためには、一部の人に被ばくを強いてもいい」という思想の元に成り立っていることを知り、不可解さの謎が解けました。
今、日本の復興という名のもとに、子ども達は不当な被ばくを強いられている、って思います。
(もちろん、私達大人だってそうです。でも、同じだけ被ばくしたら、子どもの方が明らか犠牲になるのだから…)


言わせてほしいです。
日本の経済や産業の発展のために原発は必要、という人。
今、子ども達は、誰が得をするために被ばくをさせられてるんですか?
その恩恵は、子ども達自身に返ってきますか?
私は、子ども達を犠牲にしてまで日本の繁栄なんて望んでいません。
私は、大切な家族と、仲良く普通に暮らしていきたいだけ。
子ども達に幸せになってほしい。
私が望んでいることは、ただそれだけです。

どうしてこんなことになってしまったのか、私は知りたいです。納得がいかないです。
私達の生活圏は、子ども達の過ごす場所は、放射能で汚染されてしまいました。
子ども達は、しなくてもいいはずだった被ばくを日々強いられているのに、親として何もなす術がない。つらいです。

私達、怒っていいですよね。
自分の子に健康被害が出なければ、それでいい、なんて思えないんです。
この状況そのものが、私には受け入れられません。
このことを乗り越えない限り、普通の生活なんて戻ってこない。
この怒りを、私は表現していかないといけない、と思っています。
こんなことを、もう2度と起こさせないために。

そんな気持ちで、今の私は行動しています。
小さくて無力かもしれないけど、黙ってうつむいてやり過ごすだけでは、この原発事故を肯定するのと同じになっちゃう。
私は怒っているんです。
そのことを伝えたいです。

一学期の終わり。私は無力感でいっぱいです。

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2011/07/04

SCR Misato ついに結成!&署名やってます

毎度ながら、しばらくぶりの更新です~

請願の件が終わって、落ち着く・・・どころか、ますますめまぐるしい毎日です!coldsweats02

三郷市では、6月13日から学校等の放射線量の計測を始めました。
それ自体は評価できるものの、もちろん、それだけでは、子どもたちの安全が確保されているとは言えません!
だって、市は、グラウンドの中央の空間線量だけを測っているのですから。
自然放射線を測るのなら、これで合格!なのでしょうが、私たちは、原発事故の放射性物質から子ども達が被ばくすることを心配しているのです。
地面に降り積もっているだろう放射性物質を、子ども達が無防備に触れたり、吸い込んだりする。。。
それが本当に問題ないといえるのか、それを、私たち親は、心配しているのです!
それを調べるのに、本当に今のやり方だけで、十分と言えるのでしょうか・・・?

というわけで、しばらくの間、市の作業を眺めながら、こっそりと(?)動いていましたよ~。

そこで、お知らせです。

このブログへコメントくださった方々がきっかけとなって、掲示板やメーリングリストでのやりとりを始めてから、2ヶ月とちょっと。
ついに、このつながりが、会を結成するに至りました。

名前は、

子ども達を放射能から守ろう みさと 
- Save the Children from Radioactivity Misato -

略して、SCR Misato または、さらに略してSCRm

みなさんに慣れ親しんでいただけるように、略称でもイケるように考えました♪

気軽に呼んでくださいネ。

エスシーアール みさと!


そしてなんと!
SCR Misatoの公式ホームページもあるのです!

http://www.infopara.com/

デザイン、コンテンツ、テクニカル面などなど、メンバーの方々が協力し合いながら立ち上げたサイトです。
デザインは、ホンワカした愛らしい印象のイラストがメインとなっています。
ホウシャノウって、怖い、けど、放射能を恐れるその根底にある気持ちは、やっぱり、子ども達を愛おしく思う、その思いがあるからこそ。
子ども達を愛する、その時の、幸せであったかい気持ちは、どんな時も忘れたくない。

そんなコンセプトを、私は感じ取っています。

立ち上げたばかりで、まだまだ不備や不十分な点もあるかもしれませんが、
そこはどうか、大目にみてくださいませcoldsweats01

ぜひ、アクセスしてみてください!


それから。
これもまた重要なニュース。

SCR Misatoでは、市に対して緊急要望書を提出することになりました!

市での計測を受けて、さらに子どもたちの安全を確保するために何が必要か・・・
私たちなりに考えたことを、まとめ、三郷市にさらなる要望をすることにしました。

その思いのたけは、緊急要望書の中につまっています。

SCR Misatoのサイト(上記の)に、掲載されています。

また、今回も、署名を募集しています。

今回は、オンラインでも受け付けています。
もちろん、紙のダウンロードも用意しています。
年齢、お住まい、問いません!
市外の方も、大大大歓迎です!

また、

・クリニックふれあい早稲田
・みさと健和クリニック
・三愛会総合病院

でも、署名を受け付けていただけることになりました!
手配は済んでいるので、用意でき次第、という感じだと思います。
おでかけの予定のある方は、そちらで記入していただくこともできます。

緊急要望書を読んでいただき、賛同いただける方は、ぜひとも署名にご協力お願いします。

めざせ!オーバー2045!
(請願よりも多い署名を集めたい、ということです(笑))

締め切りは未定ですが、決まり次第SCR Misatoのサイトに記載します。


とりあえず、今回はここまで・・・

コメントくださっているみなさま、ありがとうございます!
お返事がかなり遅くなってしまって、本当にすみません。
今回は、取り急ぎブログを書かせていただきました。
また時間ができたら、きちんと返事書かせていただきます。
申し訳ありません…。
でも、みなさんのコメントは、いつも楽しみに読んでいます。フムフム、と勉強させてもらっています!
ありがとうございますheart04

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«請願、涙の不採択。でも一歩前進!